私の頭の中にある林檎がもうすっかり熟れ切ったころ、彼の林檎

はまだ林檎ですらなく、いわば膨らむ前のがくの状態だった。私は

彼が未熟であることを感じたし、彼自身己の若輩さを自覚している

ようだった。それでも、私は彼を愛した。彼の林檎はいつか必ず熟

れ、それを人々が称賛する日が来るだろうが、彼とは違い、私の

林檎はもう萎んで地に落ちるだけだと知っていたからだ。かつて

私の林檎ががくであった頃、私を愛した青年がそうであったように。


しかし彼はいつかの私のように、青く固く小さな果実を恥じていた。

若いことを恥じるべきではないとわかるようになるのは、いつも年を

取ってしまった後なのだ。私の肩にもたれる短いブロンドの髪を梳

くと、その柔らかな細い糸はするりと私の指を抜けた。それは私の

心の内に、一種の喪失感にも似た思いを呼ぶ。寂しさを消し去る

ために、私は何度も彼の頭を撫でた。窓か入る夕暮れの光によっ

て金色はより一層濃く輝く。いつまでもそれを続けていると、小さく

身じろぎした彼は、子供扱いはやめて、と言いながらも、気持ちよ

さそうに目蓋を閉じた。

時間は恐ろしいほど緩やかに流れているようでいて、その実気が

付けば現在ははるか遠い過去になっている。それならば別れの

日は近い。私はのろのろと顔を上げて、窓の外を見た。


大きな太陽は、溶けるようにして山間に沈んでいこうとしている。

その深く鮮やかな朱色は、やさしい鋭さで私の眼球を突いた。瞬

きも忘れてそれを呆然と見つめていると、彼が僅かに身じろぎした。

消え行くものの美しさのなかで、気が付けば彼は寝息を立て始め

ていた。


(愛しているよ、心から。その日が来るまで。)


いつか彼は私を捨ててしまうだろう。古い着古したコートを脱ぎ捨て

るように。そして彼もまだ青い、無邪気な果実を愛すのだ。きっと永

遠に連鎖は続き、何十年経っても変わらない。


おそらくそれでいいのだ。私も静かに目蓋を閉じた。訪れた暗やみ

はもはや、あの頃恐れた冷たい世界ではなく、心地よく私を包んで

くれた。


いいのだ。その時が来れば、彼は私のことを思い出すだろう。今の

熱情とは異なった、優しい気持ちで。あのひとを愛した日々があっ

たのだと。そして追憶の彼方で、私たちはまた出会う。


かつて愛してくれた人よ、私も今になってようやくあなたを、春の穏や

かな日差しのような気持ちで思い出すことができます。あなたをお

いて去るときの、あなたの慈愛のなかの悲しみを、胸の痛みを伴い

ながらもまた呼び起こすことができます。


いつかそうなる日が来るのだと考えれば、私はむしろ、この若いり

んごが赤々と実る日が楽しみですらあるのだ。あの人の愛は私に、

私の愛は彼に。





そうやって脈々と受け継がれていく連鎖は、

悲しいものなどではないのだから……


















幸せなのです、とても。



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