inserted by FC2 system












「おまえがずっと大切にしていたマグカップ、割ってしまったよ。おまえの
好きな本は破いてしまったし、お気に入りのマニキュアは捨てた。友達が
くれたって言ってた絵はがきも、昔の写真も、全部燃やしたんだ」

私が帰るなり、彼はそう言って笑った。
リビングの入り口に立ち尽くし、唖然として彼を見ると、彼はにこにこと私
の反応を伺っている。そう言われてみれば、周りを見回しても、私の大切
にしていたものは見つからなかった。花瓶も、加湿器も、ワンピースもだ。

私はもちろんショックを受けたし、一瞬めまいすらおぼえた。
だって、こんな酷い仕打ち!

しかし、そこで私は我に返った。これは彼の作戦なのだ。そしてまた、ゲー
ムなのだ。彼の期待するような目は、私の叱咤を待っていた。ここで声を荒
げれば負けだ。私はぎゅっとシャツの袖を握って、できうる限り最高の笑顔を
張りつけた。

「私の大切なものを、よくわかっているのね。そんなに私のことを知ってくれ
ていたなんて、嬉しいわ」

思った以上になめらかに声が出て、私はどうだ、と細めた目で彼を蔑んだ。
彼は一瞬ポカンとしてから、私の言葉の意味を笑った。私たちはしばらくたっ
たまま、笑ったまま見つめ合って、互いの腹の内を探った。


これは途方も無く無意味なことだ、と私は思った。だけどその視線同士の絡
まる結び目は、おそらく私たちの関係そのものなのだ。一種独特な愛情と、そ
れに勝とも劣らぬ懐疑と虚勢。おろかなように見えたとしても、実際それはも
う戻れないところまで来ていた。

「喜んでくれて、よかったよ」

彼はやけにゆっくりそう言って、口角をニヒルに吊り上げた。

「じゃあ明日は、君のベッドの上にあるテディベアも、忘れず捨てておくね」


その一言に私ははっとした。彼がマーサーのことを言っているのは明らか
だった。私は無意識にしかめた眉を、必死に元へと戻した。もう何年も私の
手元にあるその人形が失われることを思うと、少しだけ瞳が潤んだ。

しかし私はあえて、声を上げて笑った。アハハハハ!もうどうにでもなれ、と
半ば自棄になっていたのかもしれない。

「そうね、あれも捨て時ね!」

アハハハハ!しん、とした部屋に笑い声が響いた。やがて同じように彼も
アハハと笑いはじめ、私たちはしばらくそうして、気違いじみた喜劇と悲劇
のあいなかを演じた。



私が彼と過ごす上で、彼が与えてくれるものは、例えば安らぎとか、穏やかな
愛なんかでは絶対にない。しかし私はそれを、寛容に許すことができる。な
ぜなら私も彼に同じものを同じ量与えているのだし、それ以上の量を与えた
いと願っているから。




仕方がない、これは戦争なのだ!













inserted by FC2 system